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・研究史

 

 Atmospheric beastsに代表される「見ることの可能な」不可視生物(一見矛盾した語ではあるが)とは異なり、拓本という方法をとることがなければその姿を確認することすらできないという特徴上、かれらに関する目撃情報、および歴史上かれらの存在をにおわせる記述などは極端に少ない。ゆえに、Wallfishの発見と研究における歴史というものも、実際には比較的新しいものである。しかし、かれらの持つ特徴の一つである「視線を感じることができる」という点から見れば、その事例は古くより数多く証言されているのである。諸君らの中にも、そうした経験をしたことのある者というのが恐らくは数多く存在しているはずである。

                                                                                                        

 不可視生物としてのかれらの研究については21世紀より行われた「Atmospheric beasts」に関する研究をその発端とする。「はじめの不可視生物」とも呼ばれるかれらの発見は、我々の常識では認識できない異なる世界に住む者たちの存在を強く知らしめることとなった。その結果、かれらの研究者は今まで噂話や伝説上の存在とされてきたありとあらゆる事物についても目を向け、現在は科学的にその非実在が証明されたようなものであっても懐疑的にその調査を行ってきたのである。ほかの様々な不可視生物たちに関しても、その発見と研究にはこのような背景が存在しているのである。つまり、Atmospheric beasts以外の不可視生物、特に第1群不可視生物の研究に関してはAtmospheric beastsの研究より派生して誕生したものである、ということができる。

 Wallfishの研究の背景には特に、Atmospheric beastsの研究の際行われた幻覚症状を訴える人々への調査が強く関係している。Atmospheric beastsの調査においてはかれらがごく稀に「視認できる」存在であったゆえに、その目撃証言が幻覚によるものとして処理されている事例があるのではないかという仮定の下行われた。結果として、この調査は一定の成果を上げることとなったが、ここで研究者たちはさらに、はっきりしたビジョンのある幻視以外の精神的症状についても調査の範囲を広げることとしたのである。幻視症状における調査と同様、ほとんどのケースは不可視生物との関わりが認められないものではあったが、そのうち「何者かに見張られているような気がする」という妄想を抱える人物の調査においては、ごく稀ながらその「監視者」の位置などが非常に具体的なものである場合が認められたのである。またこうしたタイプの人物(感応者、などと呼ばれる)の場合、例えば建物や環境などによっては「監視者」の存在が全く感じられないということも多くみられた。これを基に、指定された位置(日陰に位置するアパートの廊下の壁であった)を念入りに調査した結果、我々は首長竜様の極めて扁平的な不可視生物(Feeler long neck)の存在を認めることとなったのである。

 その後、我々はこの事実をもとにありとあらゆる「壁面」を調査し、「Wallfish」と呼ばれることとなるいくらかの不可視生物拓本を採取することに成功したのである。多くはこうした「視線を感じる」人々の助力によるものであったが、残念ながらかれらの指摘についても完全なものではなく、かれらの指定する壁面全域をくまなく調査しても、その姿を捉えることができないといった事例も普通に見られた。これについては感応者自身の問題といったほかに、Wallfish側による何らかの防御行動…例えばTsukumoの持つような高度な「質感擬態」…を要因とする意見も存在している。しかしながら2015年頃の最初の発見以降、短期間でこれだけの数の拓本を採取した例は不可視生物の研究史上ほかに例はなく、このことからWallfishという存在がほかの不可視生物と比べて捕獲しやすい、あるいはその個体数が多い存在であることが予測されるのである。一方で、その多彩な外見から分類という面においては他の不可視生物研究よりも遅れを取っていることは否めない。捕獲しやすいという特徴から解剖を行ったうえでの拓本記録も試みられたが、非常に扁平な体を持つかれらを見ることなく解剖することは非常に困難であり、また死亡による消失も悉く早まってしまうことから失敗に終わっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・記録失敗に終わった2015年10月の記録写真。感応者側の問題としては、そもそもこうした妄想の症状を持つ人物がWallfishの視線「も」感じ取れるようになったということであり、感じた視線が必ずしもかれらのものという訳ではないとする説に基づく。またWallfishの防御行動としては分子構造をすり抜けることで「壁の中に入ることができる」という、やや非現実的な説が存在している。(この場合かれらはやはり魚状の生物で、我々が確認しているのはかれらの左右どちらかの半身であるとしている)

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