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・質感擬態         

 

 Wallfishたちは「質感擬態」と呼ばれる防御行動を有している。不可視であるかれらは外敵などから見つかることは回避できるものの、拓本に記録されていることが示す通りその体の凹凸を触れることで確認することは可能である。つまり、かれらにとってはこの「触られる」という点が外敵などから逃れるうえで唯一の懸念材料であるといえるのである。「質感擬態」は、こうしたところから発生したものであると考えられる。

かれらの中には凹凸のついたヒレや、特徴的な質感を持つ種がいくつか存在している。その場合、かれらは自身の持つそうした特徴に近い構造、あるいは質感を持つ壁面に好んで生息するのである。こうすることで、自身の質感を周囲に溶け込ませ、仮に触れられるようなことがあってもやり過ごすことができるようになる、という訳である。

Wallfishの質感擬態は、自由にその凹凸を変化させることのできるFootprintsやTsukumoのそれとは異なり、ただ生まれつき持つ特徴をうまく使うことで行う原始的なものである。しかし、普段いちいち壁面の質感などを確かめることのない我々人間のような存在にとって、かれらの「質感擬態」の能力は十分に効果的である。かれらがいつごろから出現した生物であるかは不明であるが、ほとんど彼らに関する記述が存在しないことからもその効果のほどがうかがえる。ひいては、このヒトという動物の持つある種の「鈍さ」が、現在多くの種が建築物の内壁などに生息している現状を招いたという可能性も高いといえよう。外敵や雨風の心配も少なく、当の住人がこちらの存在に気付くこともない建築物という環境は、かれらにとって格好の「巣」となりえたことは想像に難くないからである。逆に言えば、それは屋外にはかれらの存在を感知することのできる生物が存在している可能性をも示唆しているといえるのである。

 

・かれらの「生存」の可能性、及び「飼育」

 多くの場合拓本による記録後はすぐに消失してしまう不可視生物であるが、Wallfishに限り、拓本に採られたのちも生存しているのではないか、とする説が存在している。より正確に言うならば、かれらは拓本を採取されたのち、拓本紙に貼りつくような形で生存しているのではないか、というのである。これは、件の感応者が、拓本に採られたかれらからも同様の「視線」を感じる、と主張する場合があることに起因している。当然ながらこの説には異論が存在する。まず、感応者の視線の特定というものが必ずしも信頼性のあるものとは言い切れない。拓本のようにはっきりとした実態が背景にあれば、そこから視線が生じると錯覚する可能性があることもまた事実であり、このことから感応者の証言だけではWallfishがその姿を消失させずにいるかは判別が難しいといえる。

 また、仮に感応者が事実その拓本から視線を感じることがあったとしても、そのこととWallfishが生存していることとを結びつけるのは早計であるとする意見もある。例えば、かれらの視線が、第2不可視生物邪視の持つ眼状突起のように、壁目の持つ何らかの構造によって生じるものであった場合、拓本によってその構造が記録されるということは十分あり得ることである。そうであれば、感応者が拓本紙から視線を感じるようなことがあったとしても何ら不思議ではない。また、仮にかれらの体、少なくとも壁目が拓本紙に貼りつくような形で残っていたとしても、Wallfishが本当に「生きて」いるかどうかはまた別問題なのである。

 かれらの生存を確認するうえで最も手っ取り早いのは、拓本紙(厳密にはそれに貼りついたWallfish)が何らかの生存行動、つまり動くことを確認することである。しかし、拓本に採られたかれらはたとえ移動種であってもその壁面を移動することはないことが実験から判明している。そもそも、拓本紙に貼りつき、壁面から引きはがされたかれらは、本来有しているであろう腹面の粘着構造をたちどころに失ってしまうらしいのである。つまるところ、感応者の証言を除いて、かれらが生きているとする証拠はほとんど存在しないのである。

 しかし、いまだ生存した不可視生物を入手したことのない我々にとって、例え信頼性の薄い証言であったとしても「生存しているかもしれない」可能性を捨て去ることは不可能である。ゆえに、現在においてもかれらの拓本については常に目の行き届く場所で管理・監視し、細かな変化も見逃すことのないよう常に気を配っている。

 現在多くのWallfish拓本において用いられるような、額に飾りアクアリウムのような展示を行う方法というものはこうした理由から発展したものである。これは、額という隔離された壁面に置くことで、かれらの活動範囲を限定的なものとし、管理を行いやすくすること、またはその状態におけるWallfishの反応を調査するためのものである。加えて、まるでアクアリウムや水族館のように様々な種の拓本を額内に閉じ込めることで、異種間における反応などを期待している。額内の台紙についても、その色や質感が何らかの影響を及ぼすことを目的とした場合もある。未だこれらの実験において、目新しい発見というものは存在してはいないものの、その可能性がわずかにでも存在する以上、姿かたちを変えつつもこの実験は行われ続けるであろう。近年では、研究者の遊び心から特殊な染料で色とりどりに拓本を彩色し、拓本技法で作成した小物や写真の切り抜きなどを添えて管理するような場合も多くみられる(無論これらも大きくみれば実験の意味合いが存在する)。仮にWallfishが拓本紙の状態で生存し続けるのであれば、それはこのように額内等で「飼育」することのできる不可視生物、というこれまでにない存在となることであろう。後にかれらの存在が普及し、飼育人口も増えた場合には、先述のような「美しく見せる」管理方法の提示というものも重要なものとなっていくと思われる。

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